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代表者のブログ

最近思った事、気がついた事

「幸せ」への自動操縦 1

人生の節目というと大げさですけど、ちょっとした転機を迎えている身近な若者へのメッセージとして書いた文章です。どなたかの役に立つかもしれないので共有します。 「こうして長く生きていると、色々なことが判ってくるんだけど、間違いなく言えるのは「人生に失敗はない」という事です。

エジソンは電球を発明したけど、一番の難関はフィラメント(電球の中の光る素材)を何にするか、という事だった。 エジソンは手当たり次第に色々な素材を試してみたけれど、どれも使えない、9999回試して、ようやく日本の「竹の繊維」にたどり着く。 エジソンはそのことを「9999個、この素材は使えないという事を発見した」と言っている。そして10000回目(比喩だけれど)に正しい素材にたどり着いたんだね。

プロ野球で「一流の打者」と言われるのは3割バッターです。 要は100回打席に入って、30回ヒットを打てば一流と言われる。 という事は一流と言われるバッターも残りの70回は失敗しているという事。 ヒットを打つにはとにかく打席に入ってボールに向かってバットを振らないといけない。そこでは、一流と言われる人でも70%は自分の思ったようにはならない。そして、その70%の失敗がないと30%の成功もない。 結局、失敗というのは成功へのプロセス(途中経過)なんだ。

更にいうと、人生は成功するに決まっている。 成功できるようになっている。 たとえそのように見えていないことがあっても、それはプロセスに過ぎないんだ。プロセスを最終到達地であると思ってはいけない。 人生は長い。途中経過の小さな結果に右往左往する必要はない。 人間は成功するようにプログラムされている。 目的地にたどり着けるように、成功するように「目に見えない存在」がいつも見守り、助けて下さっている。

それをご先祖様と言ってもいいし、仏様と言ってもよい。 神様と言っても、天使と言っても、守護霊と言ってもいいけれど、とにかく、ちゃんと見守って下さっている。私にはそれがハッキリわかる。 そして、そのことを意識し、感謝の気持ちを持っていれば、一層早く自分の望む成功へと導かれる。

人生には、たとえ一時思い通りにいかないように見えても、少し先から振り返れば、「それで良かった」と思う事が沢山ある。 だから、結果をあれこれ考えたりせず、「成功するに決まっている」「幸せになるに決まっている」ついでに「守って下さっている神様、ありがとうございます」と思うようにできれば良い。

その確信が持てたら、人生は幸せへの自動操縦。 必要なのは「素直な心」だけ。 そして与えられた場所で力相応に「無理せず」出来れば「楽しく」、「努力」し、「頑張る」事。不安、心配もあって良いけれど、ない方がまっすぐ目的地に向かう事が出来る。何れにせよ最終的に全てはうまく行く。大丈夫!」

「与えるものが受け取るもの」 0

以前勤めた会社のお世話になっている先輩にお歳暮を贈ったら、丁寧なお礼状を貰い、「今後は気遣い御無用に」という言葉が添えられてありました。 そこで私は先輩に以下の趣旨のメールを送りました。 「お歳暮で却って気を使われているようですが、丁寧な手紙を貰って改めて考えさせられました。改めてお歳暮なり、お中元なり、そういった贈り物は、勿論クリスマスプレゼントでも誕生日プレゼントでも同じですけど、大事なことだなーと思ったからです。

昨日朝の連ドラを見ていたら主人公(コシノ3姉妹のお母さん)が「世間様は見くびったらいかん、大事にせないかん」という事に気が付づく場面がありました。 主人公のお父さんが亡くなって、お父さんが世間づきあいを大事にしてきたこと、それが今の自分を支えてくれていた事に彼女は気が付きます。(朝の連ドラ「カーネーション」は面白い上に大変勉強になります。)

そこで私も思いました。 どんな人でも生かされています。神様によって生かされている、と言えば大げさなので、世間さまのおかげで生かされている、と考えるのは自然なことで、判り易いでしょう。また実際その通りですから・・・。 要はお世話になっているわけですから、神様なり、世間様にお礼をしないといけませんが、これには掴みどころがありません。 神様の方は神棚や神社に行ってお参りすればいいですが、世間様のほうは誰だかわかりませんね。 そこで世間様を代表してお世話になったと思える人にお礼をする機会がお歳暮やお中元だと思いました。 だからいわば神社参りのようなものなのです。〇〇さんを通じて「世間様」にお礼をしているのです。これはまた自分に功徳を積むことでもあります。 だから遠慮なさらず、神様の心境で、世間を代表して(笑)、受け取ってもらったら良いのです。私が功徳を積んでいるのですから。 それではよいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。」

私が若い時から信念に思う事があります。 それは「与えるものが受け取るもの」という真理です。 これは30年近い前に読んだ以下の本から学びました。 http://www.amazon.co.jp/BASHAR-%E3%83%90%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB-%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%AB/dp/4900550000 この真理を考えてきて、なぜそうなのか、という事に思い当たったのは7,8年前です。 なぜ「与えるものが受け取るもの」なのかのシンプルな理由は本来すべての生命は 一つのものだからです。 一なる命が沢山の個性ある命に分かれたのですが(それにも理由があります)、その本質は一なる命です。だから他人様に与えるものは、実は自分に与えているのと同じなのですね。

そう考えると「奪う」という事は自分から「奪う」事です。よって人生においては「与えられるだけ与えるのがいい」のです。 少し、違う視点ですが、中村天風さんは幸せになる秘訣として「感謝を先とせよ」と仰っています。これも同じ意味です。感謝を与えれば、感謝が返ってくる(感謝に満ちた人生が歩める)という事なんですね。 天風さんのご本も素晴らしいのでご参考までお奨めを貼り付けておきます。 http://www.amazon.co.jp/%E6%88%90%E5%8A%9F%E3%81%AE%E5%AE%9F%E7%8F%BE-%E4%B8%AD%E6%9D%91-%E5%A4%A9%E9%A2%A8/dp/4930838541/ref=sr_1_6?s=books&ie=UTF8&qid=1324448414&sr=1-6さー 皆さんクリスマスも近いですから、できるだけ多くの人にプレゼントをしましょう。

バシャール

バシャール

BASHAR(バシャール) www.amazon.co.jp Amazon.co.jp: BASHAR(バシャール): ダリル・アンカ, バシャール: 本

主婦の店「さいち」に思う 0

昨日、今日と仙台にいました。今は本州最北端、下北に向かい移動中です。 昨日は仙台の奥座敷「秋保温泉」に泊まりました。40分とは言えわざわざ秋保まで足を延ばしたのは「主婦の店さいち」が目当てでした。

「さいち」は全国に名前のとどろく有名店です。売り場は100坪あまりでしょうか、普通に考えれば大型店が秋保近くまで出店している昨今ではつぶれていいような店ですが、それが大繁盛店なのです。 「さいち」については同社の社長の佐藤啓二さんが書かれた「売れ続ける理由・・一回のお客を一生の顧客にする非常識な経営法」を読んで見てください。 以前、読ませてもらいましたが、タイトルにあるような非常識な経営法でなく、極めて常識的な経営である、と思いました。

この店の一番商品は何と言ってお「おはぎ」です。それと惣菜の売り場に人気があります。 「さいち」で考えたこと、感じたことの一番は「一芸を磨く」という事の大切さです。おはぎと惣菜でこのお店は勝負しています。そして圧倒的なお客の支持を受けています。 またその前提になる1店舗経営の強みです。経営というと売り上げを上げる、効率を上げる、多店化して規模を拡大する、といったことが、当たり前なんですけど、そういった事が必ずしも「良い経営」とは限らない、という事をこの店では考えさせられます。この不況下に拡大志向、出店志向のみの企業には「さいち」で反省してもらいたいものです。

ここでは、経営は力相応にお客様に喜んでいただく、これが一番大事なことで、喜んでいただける自分の強みや長所だけを磨き上げれば良いのだ、という事を改めて考えさせられました。 おはぎは全国からの集客商品のようで、今朝は9時開店の5分後に行ったのですが、すでに店前の駐車場は満車、月曜ですが二人の駐車場整理員が店前で交通整理、店内レジは大混雑でした。皆さん、おはぎが目当てです。 私も今日渡せる範囲(賞味期限が当日限り)のお土産を買いました。

もう一つ良かったことが今朝ありました。 泊まった旅館が「岩沼屋」さんという老舗旅館だったんですが、ここのサービスに感心しました。 以前泊まった「佐勘」という秋保では高級な部類の旅館に泊るつもりでしたが、1人で泊まると高くつくので、1人で泊めてもらえる旅館を探して、岩沼屋さんにお世話になりました。 良かったというのはこういう事です。 私の部屋に浴衣が入っていなかったのです。 たまたまジャージを持っていたので、浴衣を着ずに過ごしました。 そんなことはないでしょうが、「持って帰った」と思われても困るので、朝、電話で浴衣がなかったことだけフロントに連絡しておきました。 男性に「不便なかったので、今から持ってくる必要はない」と言いましたが、チェックアウトの際、実に丁寧に若い女性のフロント係から謝罪の言葉を受けました。 また出口を出る際の見送りの女性(幹部みたいな人でした)からも、謝罪と時間があるならコーヒーを飲んでいってほしい、という申し出を受けました。

さいちのオープンで急いでいましたので、丁重にお断りしましたが、私が感心したのはたかが浴衣が入っていなかった、またお客は怒ってもいない、のにフロント全員がその情報を共有している様子で、私と接した従業員の人が丁寧な謝罪をしてくれたことです。 よくある話ですが、クレーム客をリピーターにする、というサンプルのような体験をしました。もし次回も秋保に泊まるなら「岩沼屋」にしようと思いましたので・・・。 下北でも面白いことあれば書きます。

主婦の店さいち

主婦の店さいち

出来れば付き合いたくない会社 0

先日実家のある枚方のスナックで飲んでいたら、カウンターの中の女の子が就職の決まった女子大生で楽天に就職予定という事を聞きました。

それを知って、つい言わなくてもいいことを言ってしまって、少々反省していますが、表題の付き合いたくない会社が楽天だったのです。 楽天をハッキリ意識して嫌い!になったのは例のDeNAによるベイスターズ買収にただ一社一貫して反対したことにあります。 色々理由を上げているようです。 私はモバイルゲームをやらないのでDeNAが何者かさほど詳しくありませんが、要は新興のIT企業でしょう。ほんの少し前まで楽天も同じような新興IT企業でした。

要はどのツラさげて、そんなこと(反対表明のみならず、議長の立場にあって他チームに反対の根回しまで・・・)ができるのか、という事です。 本当は呼び捨てにしたいのですが、公開されているので「さん付け」で呼びます。「三木谷さん、あなた本当に狭量ですね。」と言いたいです。 これをきっかけに楽天への不満が堰を切りました。

まず、楽天のビジネスモデルが貧弱なことです。単なるネット上の場所貸し業でしょう。 ピンハネのデヴェロッパーです。それ以上のものではないでしょう。 楽天で便利に買い物できる面はありますが、楽天を使っていても何も楽しくないし、自分の役に立っているという実感はありません。 楽天はユーザー視点で見てもイノベーティブな企業じゃありません。

その点、アマゾンは素晴らしいです。私の知的領域を広げてくれたり、知的生産性を高めてくれたり、文化、情操のレベルまで上げてくれます。 私の事を購買履歴から私をよく解ってくれています。 またアマゾンは実際世界を変えるような事をやっています。 電子書籍のキンドルもその一例です。アメリカでは書籍流通が大きく変わりました。日本でもキンドルが発売されるそうですが、アメリカ同様に化ける可能性が高いです。 そのイノベーティブでない楽天が、公用語を英語にしている、という事で「なるほどな」という感じです。グローバル化への道筋を「英語」に求めるなど愚の骨頂です。考えそうなことだ、やりそうなことだ、という感じです。

日本企業が社内公用語を英語にする愚に関しては「日本人の9割に英語はいらない」成毛眞著の紹介で述べました。 楽天に腹を立てていることはこれ以外にもありますが、最大のものは楽天から沢山のメールが来ることです。 楽天を通じて買ったり、宿泊したりしたショップやホテルから沢山のメールが来ます。 全く顧客志向でない楽天は案内メールのチェックマークを顧客側が外さないと、勝手に送ってくる仕組みを採用しています。 チェック外し忘れが多い私はこのメールに悩まされています。 送信解除にする手間がまた大変なのです。 このあたりを楽天はどう思っているのでしょう。 不思議なことに私だけかもしれませんが、アマゾンのメールは気になりません。 こんなことを考えていると、就職難とは言え、楽天に就職する彼女は幸せなのかどうなのか・・・・。

新渡戸稲造著「武士道」 0

昨日紹介したチャンネル桜の「大東亜戦争開戦70周年大討論会」の映像ですが、寝床で聞いていたので、ところどころ聞き漏れがあって、昨日仕事の合間の移動時間に改めて聞きました。 京大の藤井さんの「パールハーバーから終戦に至る間、日米は軍事的に戦ったが、実際は1853年のペリー来航(黒船)以来、現在も文化的、経済的戦いが続いているのだ。その象徴がTPPだ。」という話には頷けました。

それではその戦いの本質とは何かですが、それも西部先生ほかの皆さんがしっかり定義してくれています。それはアメリカに象徴される近代合理主義と日本的なるものと戦いである。という事です。 そして近代合理主義の基本的仕組みでる資本主義(グローバリズム)との戦いであるとも定義しています。 更にその資本主義、そして近代合理主義が行き詰まった現在、反グローバリズムの、また反個人主義の実在する理念を提示できるのは日本だけである、という事が論じられています。

西尾幹二さんがその象徴として、どの国の人が一番親切か、というテレビ番組の内容を紹介しています。沢山のみかんを誤って落としたとき、周りの人の何人が手伝って拾ってくれるかという実験を各国でしたそうです。 一番少ないのは中国で20人中1人、アメリカは7人、イタリアは多くて15人、日本は20人だったそうです。

また荒谷さんがフランスでの体験で震災後の日本人のいたわり合い助け合う姿を見て、真剣に「なぜそういうことができるのか」を政府関係者をはじめみな真剣に知りたがっていた、という事を話されていました。 そういった姿が反グローバリズム、反個人主義の理念の行動としての「現れ」なわけですが、そういったいわば日本的な精神性を最もわかりやすく提示してくれるのは新渡戸稲造の武士道でしょう。

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私がこの本を読んだのは数年間です。ウラジヲストックからハバロフスクへのシベリア鉄道の眠れない車中で読みましたので、ひときわ印象深いです。 その時初めて知りましたが、新渡戸はこの本を英語で書きました。また新渡戸はキリスト教の熱心な信者で、第二大戦中は非戦論を唱ええて、総長を務めた東大を追われています。 武士道と聞くと好戦的で、封建的に思われがちですが、新渡戸自身がそうであるように、この本を読むと「武士道精神」が普遍的なもので、まさに先の「反グローバリズム、反近代合理主義の実在理念を提示できるのは日本である」という論点がよく理解できると思います。 日本人なら自らのアイデンティティの確認のためにも一度は読んでおきたい本です。

武士道

武士道

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